きっかけの街 モントリオール

モントリオール製菓学校公式ブログ。 モントリオールのこと、お菓子のこと、北米の日々を綴ります。

カテゴリ: プロデュース

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姪が大学に合格しました。

彼女の進学先は、3年前には、親も私も本人さえも考えていなかった大学、直前まで偏差値では難しいといわれていた大学です。

まだ18歳ですし、これから山あり谷ありの人生でしょうが、まずは人生最初の「成功体験」ができたことは本当に大きい。自分の見える世界を超えて選択するなんて思いもしなかった18歳当時の私とは、全然違う経験をしたことになります。

さて、誰も考えていなかった大学に入学するなんてことがどうして起こったか?といいますと。それこそが「プロデュース」です。本人も周りも出せない答えを出すのは、それが出来る人にプロデュースしてもらうしかありません。ネガティブな意味で言っているのではなく、それが真実で、物事が一番うまくいく方法ということです。

振り返れば、ことあるごとに姪の話をしていたことで、私を通じて姪をプロデュースしていたようです。姪の性格、学力、志向、日本や世界の将来性、ありとあらゆる要素を踏まえ、本人以上に本人のことを考え、彼女に最適な大学を選び、更に本人も親をもその気にさせる「納得解」を出してもらっていました。

私も、自分の経験、そしてプロデュースを受けた方や子どもの変化を見てきましたので、その方向性に確信がありましたし、私自身の確信が姪やその周囲に伝わっていった感じです。最後は、学校の先生も塾の講師も自信を持って選択できなかった決断を、姪自身がしたわけですから、このプロデュースの力は本物です。

もし、先生や講師のアドバイスに従って大学を選んでいたら、姪は大きな損をしていたところでした。
こういうことは、経験した者しかわからない感覚なので、説得するものでも何でもないのですが、知らなきゃ勿体無いと思うのです、プロデュース。

人生を変えたいと思う人は多いと思いますが、自分自身で人生を変えられる人など1%もいません。自分で変えられる人はとっくに変えていますし。

プロデュースで人生楽しくなりますよ。
姪は希望に満ち溢れています。

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起きて半畳寝て一畳

元々誰の言葉かは諸説ありますが、「人間に必要な広さは、起きている時が半畳で、寝ている時が一畳程度。必要以上の贅沢を慎み、満足することが大切」という教えだそうです。先程、インターネットで調べました。

この言葉を知ったのは約20年前ですが、長年違う解釈をしておりました。
「人間に必要な広さは、起きている時が半畳で、寝ている時が一畳程度。その空間と能力さえあれば、どこでも何でもやって生きて行ける」と。

清貧を促す教えに対して、かなり楽観的な解釈ですが、本当にそうだと信じ込んで「座右の銘」の2〜3番目に君臨させていたのですから、知らないとは怖いものです。一畳程度の空間は何とかなるとして、自分に必要な能力を身につけて、どこでも自由に生きて行きたい。。

ITがこれだけ発達した今、場所に縛られることなく働くのは、そんなに難しいことではなくなりました。会社に必要な「能力」があれば、テレワークで仕事ができますし、社会に必要な「能力」があれば、起業や在宅ワークやなど、自分主体で仕事をする選択肢はいくらでもあります。

そんな働き方、生き方いいな。

そう思いませんか?
思ったなら、動きましょう。

そのためには、誰もが必要な普遍的な「能力」と仕事に必要な「能力」、両方が必要です。

仕事に必要な「能力」は、それぞれにあると思いますが、普遍的な能力とは、ひとことで言うと、「イメージをカタチにする」能力。

何だか壮大で高度な能力のように思えますが、、
はい、奥が深いものです。一日で身につく能力ではありません。但し、正しく鍛えて成功体験を積みながら、自分のものにしていけますし、何を成し遂げるにも基礎となる、絶対に必要な能力。何より、身につけたら世界が変わります!

きっかけはエアベーキングで。

「イメージをカタチにする能力」を身につけるきっかけとして、これ以上のものはありません。

「起きて半畳寝て一畳」の勘違い解釈、私の中ではこのままにしておこうと思っています。
少なくとも、その勘違いがなければ、イメージはカタチになっていなかったのですから。

ちなみに、この後に「天下取っても二合半」と続きます。ここは、合点。


 

一番好きなお菓子は何ですか?

お菓子を仕事にしているので、ありとあらゆる『お菓子』を食べて作ってきましたが、こう質問されたなら、答えは迷わず『プリン』です。

しかも、なめらかプリンやリッチなプリンではなく、昔ながらの卵でしっかり固めるプリン。ほろ苦いカラメルがたっぷり、卵と牛乳と砂糖というシンプルな材料で作るプリンが好きです。

カラメルとキャラメル。似ていますが、ちょっと違います。

プリンの底に入っているのはカラメル、砂糖と水のみで作ります。一方キャラメルは、砂糖と生クリームやバターなどの乳製品で作ります。経験から、キャラメルよりカラメルの方がピンポイントで止める必要があるので、100点満点を作るのが難しいと感じます。ちょっとでも行き過ぎたら苦すぎますし、焦がしが浅いと物足りない、しまりのない味になります。

プリンの要は何と言っても『カラメル』 その焦がし具合がプリンの味を決定づけると知ったのは、小学4年生のときでした。

それは、初めてプリンを作ったとき。カラメルの止め時がわからず、限りなく黒に近い茶色になってしまったカラメルで作ったプリンは、ほろ苦いを超えた苦さ。孫が挑戦することに対しては、何でも褒めてくれた祖父からもダメ出しを食らいました。

当時の私には酷でしたが、そんな「苦い」思い出は、カラメルを作る度に蘇ります。カラメルもキャラメルも、難なく作れるようになった今、祖父の「苦い」プリンの思い出は、「ほろ苦い」思い出に変わったような気がします。

カラメルを上手に作るコツは?と聞かれたら、「何度も繰り返しつくること」と答えます。お菓子の本には、大きな泡が小さくなってから云々...と書いてあったり、写真付きで色を解説したレシピがありますが、経験から得た感覚に勝るものはありませんから。


地道が最強
デイリーアクション




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大学を卒業して24年目に入りました。
自分のキャリアを振り返ると、「4年周期」で変化が起こっているような気がします。

一般企業に就職して4年で退社、そこから4年で起業、8年でカナダへ。

もともと飽きっぽいので4年位で変化が欲しくなるのか、それとも、4年というのがキャリアの節目に適しているのか。知事、市長、アメリカ大統領など首長や議員の任期も4年ということから考えても、4年というのは、何かを成し遂げるのに必要な、ちょうど良い期間なのかも知れません。

オリンピックも、4年に一度ですし。

そういえば、キャリアの語源は、ラテン語で轍(わだち)を意味するキャリエール。自分に当てはめると、馬車や車で飛ばしてきたイメージはなく、一歩づつ進んできたことを考えると、「足跡」と捉える方がしっくりきます。

今日も足跡を残していると思えば、そこに一生懸命になることが、キャリアアップそのもの。その途中で起こる変化を楽しみながら、進んでいきたいと思っています。

 今日もデイリーアクション

 

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欧米の学校は、9月スタート。6月から長い夏休みが始まって今まさに夏休み真っ最中。

カフェの常連大学生達も、夏休みは色んなところへ出かけていました。
明日からバックパックでアジアを廻る、医療ボランティアでアフリカへ行く等々、そのスケールも大きければ目的もハッキリしています。しばらくお店に来なくなるのをあらかじめ伝えてくれるので、「あのお客さん、最近来ないなあ」などと理由をネガティブに考えずにいられました。気の利いた学生さんが多かったと、今になって思います。

さて、夏休みというと、蘇るのは自分が小学生だった頃の思い出です。しかも、どこかに旅行した、というイベント的なことよりも、一番に思い出すのは夏休みのルーティーン。

毎朝町内会のラジオ体操に参加してスタンプをもらう、そのあと朝ごはん、玄関を掃くというお手伝いがあって、9時ごろから家の2階の子供部屋できょうだい3人、夏休みの宿題をやります。10時半ごろから、シャッシャッシャ...いつもの音が聞こえてきて、程なくしてその音が止むと、母の呼ぶ声。下に降りると、勉強時間の終わりを告げるカキ氷が用意されているのでした。

カキ氷のシロップは数種類常備されていたので、好きなものをかけて食べます。カキ氷を食べ終わったら遊ぶだけですから、その幸福感と言ったら。。

これが約40日、ほぼ毎日繰り返されていました。
今思えば、机に向かう習慣づけがされたのは、このおかげだったようです。夏休みの宿題は8月第1週を目処に終えていたので、今の自分と同一人物とは思えないほど計画性のある小学生でした。

一方、ひとつ違いの弟は、机に向かっていることが耐えられない性分で、窓から見える鳩の巣作りを眺めたり、鉛筆を削ったり、そんなことばかりでカキ氷までの時間を過ごしていました。

ですから、夏休みもラスト2日なのに、弟は宿題が1割も終えていないことが発覚したことも。
母にしこたま怒られ、最後の2日は外出禁止令。その姿を気の毒に思いつつ、どうして宿題があるのに、あんなに伸び伸びと遊べたんだろう?と不思議に思った記憶があります。

そんな弟、これまた同一人物とは思えないほど今では計画性のある人生を送っています。趣味の釣りを極め、今度は全国大会に出場するとか。そのための合宿をしたりして、準備に余念がありません。

こんな子に育ってほしいと思っても、なかなか思い通りにはいかないと聞きます。母が、どんな想いを抱いて子育てをしていたか、聞いたことはありませんが、この夏休みのルーティーンは、私たちの中に大切な「何か」を植え付けてくれたように思います。

地道は最強!

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私、45歳で結婚しました。初婚です。

「まさか、あなたが結婚するとは思わなかった」
両親をはじめ、親戚、友人、みんなが口を揃えてこう言いました。はい、私もまさかと思っていましたもの。

でも、このことがわかっていた人がただ1人、おりました。たいやき屋のツワモノです。

出会ってから15年以上、公私にわたり何でも話していたので、私以上に私の性格や状況を把握していた彼。こうすればこうなるよ、と、いとも簡単にアドバイスをくれるのですが、それがその通りになるから、私はいつも不思議でなりませんでした。

モントリオールでお店を営業していたある日、ツワモノが言いました。D(今の旦那)がそろそろ私に会いに来る、と。その頃、知り合いではありましたが、少し距離を置いていたDと私。何の根拠があってそんなことを言うのかと不思議に思いましたが、何とその日の営業後、Dがお店にやって来ました。

私はこの時ばかりは、彼の超能力を疑ったほど。
どうしてわかるのか、と尋ねると、Dの性格を考えればわかること、と軽く言ってのけました。実際、結婚したのは、この日からちょうど4年後。その間も、Dと結婚するとは思っていませんでしたし、どうしたら運命の人に出会えるかという焦りや、このままひとりだったらという不安を、ことあるごとに彼に吐露してきました。

「ひとりでも楽しい、ふたりならもっと楽しい」

こんなシンプルなことが、やっと自分の感覚としてわかってきた頃、再びDと会うようになり、結婚を決めました。決まってからはトントン拍子。今思えば、「ひとりでも楽しい」と思えるようになったことが、結婚の『きっかけ』だったのだと思います。

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私の結婚の場合、そこにしっくりくる人がおりました。
同じく、たいやき屋のツワモノも、灯台もと暗し。実は一番すごい人が一番身近にいたようです。「ひとりでも楽しい」と本当に思えるようにしてくれたのは、間違いなく彼。彼によって、物事の捉え方や考え方も変わり、色んなことがうまくいくようになりました。結婚は、その副産物です。

私の人生は、彼の『プロデュース力』によって大きく変わりました。

自分の人生、自分で決める?
いえいえ、人生、誰と何を話したかで決まります。

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