きっかけの街 モントリオール

モントリオール製菓学校公式ブログ。 モントリオールのこと、お菓子のこと、北米の日々を綴ります。

2016年08月

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始めました!ビジネスモデル販売。

ひらめきや机上の理論だけの『ビジネスモデル』ではありません。実際にお店を立ち上げて、人気店に育てたノウハウ全てを教えます。

自分のお店を開くのが『夢』という方、求めているものはその先にあるはずです。
「お店を人気店にすること」
こんなに楽しいことは、最速で実現した方がいいです。

まずは、マフィン専門店から。 
モントリオール製菓学校・ビジネスモデル販売事業 

 

パン2
外食の楽しみのひとつ、パンのプレゼンテーション。

日本では、ご飯ものは締めに出されるのがお決まりですが、フレンチを始め欧米料理は、最初にパンが出てきます。フレンチならバゲット、シリア料理ならピタ、ポルトガル料理なら軽めのポルトガルパン、といった具合に、その国の料理に合ったものが出てきます。たかがパンですが、大切な食事のプロローグ、その後の料理への期待を膨らませる役割を担っており、されどパン、なのだと思います。

モントリオールには、レストラン向けのこだわりバゲット卸専門店があるほど、重要なポジションを占めるパン。どのレストランでも美味しくて、メインの前についつい食べ過ぎてしまいます。

上下の写真は、『ピエ・ド・コション』という大人気の肉料理店と『リッツカールトンホテル』内レストランで提供されたパン。どちらもお店のコンセプトに合ったプレゼンテーションで、趣は違えど素敵です。パンはどちらも美味ですが、それ以上にプレゼンが印象的。何気なく料理を引き立てる名脇役の演出方法は両店舗ともさすがです。

パンの出し方1
話は少し逸れますが、パン(pain)はフランス語と知ったのは中学生の時、英語だと思っていた私には衝撃でした。英語ではブレッド(bread)と言います。
「パン」という単語を、日本でそのまま通じるフランス語として認識していましたが、ある時、日本のビストロで、パンをお代わりしようとした旦那。口から出た言葉は、「デュ・パン」(du pains)。
何度繰り返しても理解できないホール係に苛立ち始めた彼、そりゃ私だって解りません。こういう時にも冠詞をつけるものなのか、と心でメモを取りながら、郷に入りては郷に従っていただきたい、とやんわり諭(さと)しておきました。

When in Rome, do as the Romans do.

こんなとき、受験で丸暗記した英語の諺が役立つとは。何でも勉強しておくものですね。


モントリオールで肉料理ならここ。予約必須です。
Au Pied de Cochon

リッツカールトン内のレストラン。ランチがおすすめ。
MAISON BOULD


服1
服2
こんな服を、子どもの頃に着てみたかった。。

モントリオールは、おしゃれに敏感な街。子供服もカラフルです。特に女の子用はキュートなものがいっぱいで、見ているだけで嬉しくなります。

写真は、日本にいる友人の娘ちゃん用にセレクトした品々。おしゃれに敏感な彼女から拝命を受け、責任重大です。翌年には成長して着られなくなってしまう子供服ですが、やはり小さい頃から可愛いものを着るのは、幼いながらもワクワク感とおしゃれ心を育むような気がします。

私の子どもの頃の服装は、ザ・昭和。母や祖母の手作りか、となり町に働きに出ていた祖母が買ってきてくれた、紺や白や赤のユニフォームのような服、もしくは、からし色などの渋い服でした。

「ピンクを着たい。」

子どもの頃の憧れは「旬」を過ぎ、いつしか紺や黒や白を選ぶ大人になっていました。

こんな服を、子どもの頃に着ておきたかった。。
子供服



 

girl1
大学を卒業して24年目に入りました。
自分のキャリアを振り返ると、「4年周期」で変化が起こっているような気がします。

一般企業に就職して4年で退社、そこから4年で起業、8年でカナダへ。

もともと飽きっぽいので4年位で変化が欲しくなるのか、それとも、4年というのがキャリアの節目に適しているのか。知事、市長、アメリカ大統領など首長や議員の任期も4年ということから考えても、4年というのは、何かを成し遂げるのに必要な、ちょうど良い期間なのかも知れません。

オリンピックも、4年に一度ですし。

そういえば、キャリアの語源は、ラテン語で轍(わだち)を意味するキャリエール。自分に当てはめると、馬車や車で飛ばしてきたイメージはなく、一歩づつ進んできたことを考えると、「足跡」と捉える方がしっくりきます。

今日も足跡を残していると思えば、そこに一生懸命になることが、キャリアアップそのもの。その途中で起こる変化を楽しみながら、進んでいきたいと思っています。

 今日もデイリーアクション

 

モントリオールはサンドウィッチ天国。
sand olive&gourmando

「オリーブ&グルマンド」のチキンベジサンド。

sand banh mi
「バンミー」のベトナムサンド。

sand le pick up
「ピックアップ」のプルドポークサンド。

sand hotdog
「モントリオール・プール・ルーム」のホットドッグ。

そして、モントリオールといえば、やっぱりこれ!
schwaltz
「シュワルツ」のスモークミート。
 

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ハッと目をひくアート作品。

ここは、モントリオールのメトロ(地下鉄)構内です。
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モントリオールにメトロができた時からあるピール(Peel)という駅。これらの作品は、1966年、モントリオールのアーティスト、ジャン・ポール・ムソー(Jean-Paul Mousseau)氏によってメトロの誕生にあわせて創られたもの、1966年のことです。

この駅だけではありません。モントリオールのメトロは、駅ごとに手がけたアーティストがいて、そのコンセプトで統一されています。駅そのものが作品。慣れてくると、駅名を確認しなくても、内装を見ただけで、どの駅かわかるようになります。

丸いアートならピール駅。足元のタイルも、しっかり丸です。
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biscotti
ビスコッティというと、二度焼きの硬い生地の中にナッツが少し入っているのが一般的。ラテに浸して食べているのを見かけると、歯が悪かった祖父を思い出しますが、これが本場の食べ方のようです。

さて、写真のビスコッティは、モントリオールのカフェでよく見かけるビスコッティ。イタリア人女性が作る、ナッツとチョコがゴロゴロ入ったビスコッティです。コーヒーによく合って美味しいので、カフェで見かけると、ついついオーダーしてしまいます。

モントリオールには、私のような「ついつい」という人がかなり多くいるはず。 コーヒーは作るけれどお菓子は作らない、というカフェが多いこの街で、卸を中心にしているところが、商売上手です。

「ヘブンリーテイスト」という名を冠しているこのビスコッティ。天国に昇るような美味しさということですが、イタリアでは美味しいものを表現するとき「天に昇る」と言うのでしょうか。ティラミスもイタリア語でそんな意味ですし。

日本では、美味しいものを食べたとき「ほっぺが落ちる」 と言いますが、最近すっかり使わなくなったような。かわりに「ヤバい」と言ったりしているのを聞くと、複雑な気持ちになります。プラスのことはプラスの表現を使ったほうが格好いいと、昭和な私は思います。

 

山登り1
これといって継続しているスポーツはないのですが、歩くことやハイキングは好きです。
ハイキングは、山頂に登った時の達成感や景色はもちろんですが、険しい山を登る場合は別として、その過程が楽しいと感じます。緩やかな道を登りながらの、とりとめのないおしゃべり。緑も目に心地よく、空気もおいしい。

モントリオールから西に32キロのところに位置する、日帰り登山にちょうど良い、モン・サン・ティレール。(Mont-St-Hilaire)
この日は、ゆっくりとブランチを食べてからモントリオールを出発し、登り始めたのは午後3時過ぎ。それでも昼間の長い夏なら充分楽しめます。

何の下調べもなく行ったのですが、山頂からの景色は想像以上にすばらしいものでした。

お弁当を持ってきて、ここで食べたら最高!とは思いますが、トラベル・リーン(travel lean)つまり、身軽に動くことを優先している旦那の教えで、いつも荷物は最小限、お弁当なんてもってのほかです。この日も、荷物はカメラとタオルだけ。

さて、下調べしなかったかわりに、後からモン・サン・ティレールについて調べてみると、、
平地から隆起してできたこの山は、ケベックで最も古い落葉樹の森があるということで、ユネスコの生物圏保護区に指定されています。絶滅危機にある植物や動物(ほ乳類、鳥類、爬虫類、両生類)が生息している貴重な場所だとか。そういえば、モントリオールの公園で見かける「リス」とは違う「シマリス」がいました。
シマリス
そうだとわかっていたら、細部を探してばかりでおしゃべりもせず、全体を楽しめなかったかも。知識があるのも良し悪し。まさに「木を見て森を見ず」にならないことが、こんな気軽なハイキングを楽しむコツなのかも知れません。
山登り2

 
 

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モントリオーラーはテラス好き。ほとんどの家やマンションにもテラスがある位ですから、レストランやカフェにテラスは必須。今の季節、どこのお店もテラス席から埋まっていきます。

夏には日傘が一般的な日本とは随分違い、皆太陽を思いっきり浴びています。

テラスで会話を楽しむカップル、ブランチを楽しむ友達同士、ひとりで読書をする人。色んなシーンがありますが、共通しているのは、みんな楽しそうなこと。
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お店も一個人も同じです。

楽しそうにしているところに人は集まります。


 

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1996年、日本に上陸したスタバ。
実は私、スタバでのバイト経験があります。今思えば、「超」がつくほど忙しいお店で、バリバリ働く「スタバ大好き」なスタッフたちの中、レジの前にできる行列にビビってしまうような冴えないスタッフでした。ミルクを温めてラテを作るという「花形」ポジションまではほど遠く、唯一力を発揮できたのは、営業後の掃除。 これだけは手際が良いと店長に褒められていました。

そんなほろ苦い思い出のあるスタバですが、お客としても随分お世話になっています。

人と会うとき、人を待つとき、待たせるとき。

特に海外では、スタバを見つけるとホッとします。「はずれ」がなく、この3つのことが、とりあえず安心してできるからです。

写真は、ヒューストン郊外にあるスタバ。慣れない地では特にそのありがたさが増し、短期間ですがほぼ毎日通っていました。

オーダーの時に名前を聞かれ、ドリンクができるとその名前で呼ばれるのですが、一度として正しく呼ばれたことはありません。たいがい「トミー」と呼ばれます。日本人は英語が聴き取れない、話せないとよく言われますが、逆も然り。心の中でそう思いながら、トミーになってドリンクを受け取ります。
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ペストリー類は充実しています。でも、モントリオールのスタバの方が、種類は絞られていますが味は勝ちかな。

サービスがすばらしいわけでも味がとびきり良いわけでもないのに通ってしまうスタバ。絶対的な「安心感」の底力、恐るべし、です。

ちなみに、旦那も新しい地に行くと、まず探すのはスタバとトレーニングジム。スタバではカプチーノグランデとシナモンロール2個をオーダーし、得たカロリーをジムで消費しています。スタバもジムも本人も、win-win-winの関係ですから、良いのかも知れませんが。だったらシナモンロールを1個にしておけばいいのに、と思いつつ、経済活性化の一端を担っているのだと、私は冷静に傍観しております。 
 

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リトルイタリーにある『カフェ・イタリア』
 カウンター席のほか、奥にはテーブル席があり、スポーツが観られるTVとサッカーゲームがあります。 

モントリオールのグルメな友人に「コーヒーが美味しい」と最初に教えてもらったのがここ。ある日、日本との行き来で空港に向かう車の中で教えてもらい、そのまま立ち寄り、ラテをテイクアウトしました。早朝のラテ、その美味しかったこと!

メニューはシンプル、男性バリスタがひたすらエスプレッソマシンに向かい、ラテアートは無し。同じイタリア系カフェ、オリンピコに通じるものがあります。オリンピコと違うのは、サンドイッチメニューがあること。ハムをたっぷり挟んだ大胆なサンドイッチは、さすがラテン系、これぞイタリアのカフェ、というルックスと美味しさです。

ここのサンドイッチをベンチマークして、自分のカフェでもイタリアンサンドを出していました。パンも自家製。仕事となると、チャバタやフォカッチャも作れるようになるのは、実はすごいこと。仕事こそ一番の学びの場だとつくづく思います。

写真は3つにカットしてもらったもの。本来は、2つにカットです。粋じゃないな、ちょっと後悔。
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cafe italia

朝6時から開いてます
 Caffe Italia

 

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欧米の学校は、9月スタート。6月から長い夏休みが始まって今まさに夏休み真っ最中。

カフェの常連大学生達も、夏休みは色んなところへ出かけていました。
明日からバックパックでアジアを廻る、医療ボランティアでアフリカへ行く等々、そのスケールも大きければ目的もハッキリしています。しばらくお店に来なくなるのをあらかじめ伝えてくれるので、「あのお客さん、最近来ないなあ」などと理由をネガティブに考えずにいられました。気の利いた学生さんが多かったと、今になって思います。

さて、夏休みというと、蘇るのは自分が小学生だった頃の思い出です。しかも、どこかに旅行した、というイベント的なことよりも、一番に思い出すのは夏休みのルーティーン。

毎朝町内会のラジオ体操に参加してスタンプをもらう、そのあと朝ごはん、玄関を掃くというお手伝いがあって、9時ごろから家の2階の子供部屋できょうだい3人、夏休みの宿題をやります。10時半ごろから、シャッシャッシャ...いつもの音が聞こえてきて、程なくしてその音が止むと、母の呼ぶ声。下に降りると、勉強時間の終わりを告げるカキ氷が用意されているのでした。

カキ氷のシロップは数種類常備されていたので、好きなものをかけて食べます。カキ氷を食べ終わったら遊ぶだけですから、その幸福感と言ったら。。

これが約40日、ほぼ毎日繰り返されていました。
今思えば、机に向かう習慣づけがされたのは、このおかげだったようです。夏休みの宿題は8月第1週を目処に終えていたので、今の自分と同一人物とは思えないほど計画性のある小学生でした。

一方、ひとつ違いの弟は、机に向かっていることが耐えられない性分で、窓から見える鳩の巣作りを眺めたり、鉛筆を削ったり、そんなことばかりでカキ氷までの時間を過ごしていました。

ですから、夏休みもラスト2日なのに、弟は宿題が1割も終えていないことが発覚したことも。
母にしこたま怒られ、最後の2日は外出禁止令。その姿を気の毒に思いつつ、どうして宿題があるのに、あんなに伸び伸びと遊べたんだろう?と不思議に思った記憶があります。

そんな弟、これまた同一人物とは思えないほど今では計画性のある人生を送っています。趣味の釣りを極め、今度は全国大会に出場するとか。そのための合宿をしたりして、準備に余念がありません。

こんな子に育ってほしいと思っても、なかなか思い通りにはいかないと聞きます。母が、どんな想いを抱いて子育てをしていたか、聞いたことはありませんが、この夏休みのルーティーンは、私たちの中に大切な「何か」を植え付けてくれたように思います。

地道は最強!

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